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かの人は、月明かりに浮かび上がる洞窟の奥にいた。
泰麒の角が再生し、傲濫に再会してからは、 一行が妖魔に襲われる事は無かった。 強大な脅威である騰餮がいるのに、 わざわざ襲う妖魔が何処にいるだろう。 角が再生してから感じ続けている王の気配を頼りに、 泰麒は函養山に向かって歩き始める。 そこに王がいる。 初めて会ったあの時より、 共にあったあの頃よりずっと希薄には感じるが、 この気配を泰麒が忘れる筈はない。 その気を王気という。 かって泰麒はこの気配を畏れたものだ。 しかし今は懐かしく、 そしてひどくこがれてならない。 早く王に会いたい。 途中途中で妨害する阿選の私兵は難無く傲濫と汕子が排除していく。 その度汚れていく筈なのに、 一緒にいる泰麒の体調に異変がないのが、 李斎には不思議でならなかったが、 私兵を排除する度、 奥に進む度事に泰麒の表情に歓喜がおびていくのが嬉しかった。 何故なら、多分泰麒の進む場所に王がいる。 王と泰麒が揃えば、載は救われる。 もうすぐ訪れる凍てつく冬にもう絶望しなくても良い。 載の長い夜がようやく開けるのだ。 何度目かの私兵の奇襲を退け、 ようやく洞窟の奥津気にたどり着いた先に、 かの人はいた。 「ああ、主上…」 李斎はよろめきながら、かの人に近付こうとする。 懐かしいその姿。 かなり肉が削げ落ち、 目にはかっての精悍な光が無くなってはいたが、 あれ程こがれた人物を李斎がみまごう筈もない。 だが、駆け寄ろうとした瞬間、 かの人の右手が一閃した。 利腕を失ったとはいえ李斎の武人としての反射神経でギリギリかわす。 よく見ると驍宗の右手には小太刀が握られており、 近付くと嫌に腐臭が鼻に突く。 辺りを見回し、腐敗した動物の亡骸や、 驍宗の服にこびりついたどす黒い染みを見て、 李斎は瞬時に理解した。 では彼はこうやって生き延びたのだ。 近付こうとするものをほふり、血肉をすすってただただ生を繋いだのだ。 余りの痛わしい姿に涙が溢れて止まらない。 泰麒は月明かりに照らされた王を見た。 込みあげる喜びと愛しさに駆け寄ろうとするものの、 どうしてもこれ以上彼に近付く事が出来なかった。 彼が放つ死の臭気に麒麟の本性がすくんでしまい どうしょうもないのだ。 ヨロヨロと近付こうとする李斎を止めるのが遅れた。 呆然と見守る泰麒の前で李斎が驍宗に襲われ、 またかわすのを見た。 李斎が理解したものは泰麒には理解出来なかったが、 このままではあれ程こがれた王に近付く事すら出来ない。 「汕子、傲濫、頼む。」 傲濫が軽く驍宗の意識を奪い、 汕子が驍宗を抱えて外に運びだす。 外には李斎の騎獣がいた。 飛燕に李斎と跨り、 傲濫が王を運んだ。 雲海を飛びながら、何処かで王を清めねば泰麒は近付く事すら出来ないと李斎は考えた。 とりあえず州城にお運び致し、 王を清めてから阿選を討つ為にどうしたらいいんだろうと考えを巡らせる。 チラと心の片隅に慶が思い浮かんだが、 すぐにその考えを追い出した。 また景王に迷惑をかける訳にはいかない。 ならば何処に行けばいいだろう。 李斎の考えがまとまらぬうちに、 一行は州城に入る。 州候に手厚く迎えられ、 驍宗は早速女官達に湯あみさせられ、 黒衣に身を包む。 不意に驍宗が目を覚ます。 しかし、意識は戻ったものの、 州候の呼び掛けも李斎の声も反応せず、 その目は誰も捕えていない。 その場を悲痛な悲しみが立ち込めていく。 その時だった。 湯あみして清めてもらった泰麒がその場にやって来た。 泰麒は驍宗の前に立つと厳かに叩頭礼を取ると、 驍宗の足に額をぬかづき、こう言った。 「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約します。」 まるで神聖なる儀式の様にその場にいた者は立ち尽くした。 それもその筈で、 それこそが麒麟と王との契約であった。 その場にいた者がただただ言葉もなく見守る中、
突然第二の声が響いた。 「許す。」 それはしっかりとした声であった。 意思の強い凛と響く声。 「おお、主上。」 その声こそこの国の王、驍宗の声であった。 そしてそのまま驍宗は椅子に崩れるように眠ってしまった。 王が正気なのかどうなのかは、 目覚めを待つより他はない。 「李斎殿。お話があります。」 州候に話を持ちかけられたのは、 王が眠ったあくる日のこと。 このままでは阿選から、王や台補を守れない事、 王や台補にもしもの事があれば、 今度こそ載は滅びてしまう、と説得された。 この国には今や安全な場所など無い。 よしみのある延王に助けを求めてはどうだと言われ、 悔しいが、李斎はうなずかざるを得なかった。 李斎を匿った罪で討たれて死んだ少女が心をよぎる。 これから載の建て直しの為にも、この能理な州候を むざむざ阿選に討たせる訳にはいかない。 本来なら、王の目覚めを待って、 行動を起こしたかったが、時は一刻を争う。 再び夜を待って州城から二つの影が西に向けて飛び発つ。 この国の夜明けはもうすぐそこまで来ていた。 |