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…近付いて来ている…。
焦れる様な予感がして男が目を開けると、 宮殿は眩しく光輝いていた。 「白陽ですね。」 傍らに常にいる、自らの半身がそう言って微笑んだ。 半身は鋼色の獣で、獣といっても大体人型を取っており、 獣とは言え自分達人間よりずっと神に近かった。 故に神獣という。 この鋼色の半身は常に自らの傍らにいた筈だ。 だが、男には奇妙な喪失感があった。 何故か、自分からこの獣を誰かが力ずくで奪ったような、 そんな気がしてならない。 いや、気のせいだろう。 今も変わらず半身は常に傍らにいるのだから。 「蒿里、白陽だぞ?…喜ばないのか?」 この鋼色の神獣に自分は名を授けた。 名を蒿里という。 五山に死者の棲む山があり、 その名が蒿里という。 いっそ不吉で縁起がいいだろうと授けたが、 我ながら何と悪趣味だろうと思う。 しかし、当の本人は名を呼ばれる度にどうも歓喜しているようだ。 名を授けられるのは、主に愛された証という。 たとえどんな悪趣味な名でも、 名無しで種族名を呼ばれたり、 役名を呼ばれたりするよりかは、嬉しいのだろう。 それを知っていたら、もう少しいい名を授ければ良かったと後悔する。 が、もう遅い。 この麒麟の名は蒿里で定着してしまった。 「止めてください、主上。白陽で喜んでいたのは昔の事です。」 心なしか、頬を朱に染めて半身は答えた。 「…そうか、蒿里はもう白陽で喜ばぬか。」 この麒麟と初めて出会った時はまだ幼獣で、 人型もまだまだ幼かった。 私が話しかけると必ず、嬉しそうに微笑した。
あれは何だとよく聞いた。 小さな、小さな麒麟。 それが6年の歳月を経て、成獣し、 すっかり青年になってしまった。 もうあの頃の幼い蒿里は何処にもいない・・・そう思うと、胸が痛む。 好奇心旺盛で、はにかみ屋で、 時折私に対しておびえを見せた幼子は成長し、 すっかり思慮深げな青年と化した。 つややかな長い鋼色の髪、 正確には鬣を無造作になびかせ、 背はほっそりと高く、この頃は私をも諌めるようになった。 6年前、冬狩と称し、大々的な反逆者狩りを この麒麟が不在中に行った。 結果、焦れて配下から数人反逆者が出た。 それらは、蒿里をも手にかけようとしたが、 蒿里には指令がいたので事なきを得た。 自分自身危うい所もあったが、 何とか凌いだ。 6年。 短いようで長い年月が決して小さくはない朝の傷を癒す。 今や、すっかり落ち着いている。 私が目指した、 そして蒿里に見せたかった世界がようやく形を整えつつある。 「主上?」 すっかり落ち着いた青年、蒿里が急に黙り込んだ私に声をかける。 「・・・いや。なんでもない。それより白陽だと言う事は、 今日も下界は凍えているのだろうな。」 「・・・そうですね。泰は凍えた極北の地です。 が、主上の治世のお陰で、民は十分安寧しております。 今年も豊作で秋の実りで民は冬を越せるでしょう。 ・・・何も、問題は、・・・ありません」 そう言うと、半身、我が麒麟は微笑んだ。 だが、私の胸は晴れない。 何か重大な見落としがある。 何よりもこの大きな喪失感はどうしたことだ。 ・・・目の前にいる我が半身は・・・誰だ・・・? 「いや、そうだな。泰は安泰な年を迎えている。 何も問題はない筈だな。」 「御意」 日の差さない凍えた洞窟で一人の男が目を開けた。 発光するコケがおぼろげに男の輪郭を現す。 痩せこけた男だ。 だが、獣のような眼光、只者でない気配。 本来その男はこの様な光も差さない、 死臭に満ちた洞窟に打ち捨てられていい筈はない、 そう思わせるようなこんななりでも威厳に満ちた男だった。 やがて男が深く嘆息する。 ・・・近づいてきている・・・その予感だけが、 本物の気がして、泰王驍宗は目を閉じた。 配下の謀反に合い、こうして身体は閉じ込められ、 精神は無限の夢に閉じ込められても、 神仙として死なず病まず、 そして戦士としての習性として、 近づく小動物を屠り、血肉をすすって生きる男は、 自分の半身が刻一刻と近づいてくる予感で、 歓喜に満ちる。 ・・・この国の夜明けはもうすぐそこだった・・・ |